盛日和

日記のようなもの

嬉しかったこと

マスコミ業界の端くれで仕事をしている。

昨日、取材先からお礼のメールが届いていた。

「今回の件について、●●新聞、●●新聞、●●新聞の3紙に掲載となりましたが、××さん(筆者)がお書きになった記事が一番良かったです。なぜなら、読者にさらなる興味関心を呼び起こすような事柄が丁寧に説明されていたからです。××さんご自身の関心がなせるところと思います」

素直にとても嬉しかった。

少し前、というか今でも時々、自分は記者に向いているんだろうか、と自信を失いかけていた時期もあったし、上司から振られた雑務で忙殺されていた時期もあった。僕は初対面の人と話すのがそんなに上手なほうではないし、人見知り気味でもあるし、新しいことをはじめるのに躊躇することも多い。記者会見で質問する時は緊張で手ががくがくと震えることもある。

だけど、この仕事を辞めたいと思ったことはこれまで一度もない。前職時代は毎日のように辞めたい辞めたいと思っていたから、おそらくこの仕事が僕の天職なのだと思う。

そして、この仕事をやっていてよかったと感じるのは、やはり読者や取材先から感謝の言葉をいただいた時だ。安くない購読料を毎月支払って、記事を読んでくれている人がいるということが、僕の少なからぬ原動力になっている。純粋な好奇心に突き動かされて無心に仕事をしていることもあるけれど、やっぱり読者や取材先の存在は大きい。

時には取材先に疎まれることもあるし、SNSでは「マスゴミ」と罵られることも多いが(そのような投稿を見ると、自社のことでなくても少し傷つく。それが直接の理由かどうかはわからないが、最近はSNSを見る時間がめっきり減った)、この仕事は楽しい。中毒性があるなと感じる。

こうやって仕事ができていることに感謝だ。読んでよかったと思ってもらえるような記事を、一つでも多く届けることに心血を注ぐ。そんな日々を積み重ねていきたい。

【即興】2023年を振り返る

やけに明るいセブンイレブンの店内でクリスマスソングが流れてくる季節が今年もやってきた。

2023年にはいろいろなことが起きた。

ツイッターはXに変わり、トルコ・シリア大地震では5万人を超える人が亡くなり、北大西洋ではタイタニック見学の潜水艇が行方不明になった。リビアでは大洪水が起き、中国の李克強前首相が急死し、ロシアのウクライナ侵略をめぐる戦況は膠着している。

中古車販売大手ビッグモーターが保険金を不正請求していることがわかり、ジャニーズ事務所が性加害を認め謝罪し、ガソリン価格は過去最高値を記録。大谷翔平は米大リーグで本塁打王に輝いてドジャースへの移籍を決め、米軍のオスプレイ屋久島沖に墜落し、闇バイトの指示役「ルフィ」らが警視庁に逮捕された。

12月には自民党安倍派の複数の幹部らによる裏金疑惑が浮上し、岸田政権の内閣支持率は2割台で低迷している。イスラエルイスラム主義組織ハマスとの戦闘も終結が見通せないままだ。

世界はいろいろな問題で満ちている、と思う。

そうはいっても、自分を顧みると、不足なくご飯が食べられ、安定した収入があり、同僚や友人と日常的に気の置けないやり取りをし、家族も皆それぞれ健康に暮らしている。ガス・ストーブの付いた暖かな家でこうしてブログを書くこともできる。これ以上望むことはない、満ち足りた生活を送っているのだと思う。

仕事でいえば、今年は匿名性の高い仕事をする機会が多かったように思う。自分でなければできなかった仕事をしたと胸を張って言うことができない。間違いが許されずかつスピードが要求されるが一つ一つの作業自体はそれほど難易度が高いわけではない。そんな仕事が多かったような気がする。これは入社二年目の宿命のようなものかもしれない、と自分を納得させようともしたけれど、おそらく理由はそれだけではないように思う。

せっかくこの仕事をしているのだから、来年は自分にしかできないような仕事というものを増やしていきたい。自分が見なければ、書かなければ、それが社会に知られることはなかった――そんなオリジナリティのある仕事を。それが地方でこの仕事をする意義でもあるように思うから。

そういえば、今年はインフルエンザが大流行しているようです。日に日に寒さも募っております。皆さまにおかれましては、お身体を冷やさないようにして、くれぐれもご自愛ください。今年もよく頑張りました。来年が良い年になることをここから祈っております。メリー・クリスマス。

 

youtu.be

お団子屋さんのこと

1年ほど前、八幡宮近くにある老舗のお団子屋さんが火事に遭った。その時私は現場にいて、住人はどうやら逃げて無事らしいと聞いていた。30メートルほど先に目を遣ると、割烹着姿の女性が警察官や消防隊員に囲まれて話をしていたのを覚えている。遠くから見てもわかるくらいに、女性の肩はぶるぶると震えていた。

時間が経って、その火事のこともすっかり忘れてしまっていたが、先日、同じ場所に「だんご」の文字が入ったつつじ色ののぼりが出ていた。お団子屋さんが店舗兼住居を新たに構え、再オープンしていたのだった。2階建てのモダンな建物で、1階部が店舗になっていた。

店に入ると、お手伝いで入っているパートの女性(40歳代くらい)が出迎えてくれた。初めて見る方だったが快活そうな人であった。店の奥からは醤油の香ばしいにおいが運ばれてきていた。せっせとなにやら作業をしているらしい音もこぼれてきていた。

1本90円のしょうゆ団子を3つ注文して、プラスチック製の透明なパックに入れてもらった。奥から足音が近づいてきて、割烹着姿の初老の女性が見えた。

「いつ再開なさったんですか」
「10月からです。おかげさまで午前中に売り切れてしまう日もあるんですよ」

背の小さい、控え目そうなおばあさんだったが、店を再開できた喜びをその表情から感じ取ることができた。再起した人がもつ、強さが宿った目をしていた。いくつかのやり取りを交わしただけだったが、昼下がりのお団子屋での光景を数週間経った今でも時折思い出すことがある。

ともあれ、女性が同じ場所で店を再開できてよかった。近くの八幡宮の神様――あるいはほかのどんな神様でもかまわないのだけれど――どこかでささやかにその女性を護っていてほしいと強く思う。お団子を好きなだけ、いつまでも作っていられるように。

結婚の決め手

結婚の基準について、ある小説家が「『この人と一緒にいたらぜったい退屈しないだろうな』と思えることです。どれほどいろんな条件が揃った人でも、『退屈だな』と感じたら、まずやっていけません。退屈なのってきついですよ。」と書いておられた。

「退屈しない人」というのはシンプルだけれど正鵠を射ているように思われたので、こうしてブログに書き起こしているというわけ。実際に僕が結婚相手について考えあぐねているような差し迫った状況ではないのだけれど、やっぱりこのような話題に敏感になるというのは僕の中の無意識層に何かちらついているものがあるのだろう。自分の外にある事象(今回は結婚相手に関する一つのアフォリズム)を出発点にして、自分の内にある形のない闇の中を探っていくというのは、ときどきやっておいたほうがいいのかもしれない。

それにしても、「大人になる」ってどういうことなんでしょうか。僕は20歳をとうに越してしまったので、たとえば結婚をして子供をこしらえたりすれば少しは大人に近づくのかもしれない(父親という役割をとおして発達段階を一つステップアップできるのかもしれない)などと考えたりしていたが、おそらくそれは幻想にすぎないのだろう。結局のところ、過去の自分と今の自分の延長線上に30歳の僕や40歳の僕がいるというだけであって、何かの出来事単体によって劇的で非連続な変化が起きるという性質のものではない。おそらく。

しかしながら、僕の人生を少しでも100%のものにしていくために、今いる場所に閉じこもっていないで、絶えず自分自身を更新していくこと――世界の拡張と言ってもいいかもしれない――を大事にしていこうと思う。自分というのは「自分そのもの」にあるのではなくて、自分と外界のなにかとの関係性とのあいだに生まれてくるものだから。その関係性のなかに立ち現れてきた自分に対して耳を澄まし、それを愛するというのは、健康的な自己愛の在り方だと思う。

そうして世界を拡張していくなかで、ある朝僕は100%の女の子と出会うかもしれないし、あるいは87%の女の子と出会うことになるかもしれない。はたまたすとんと恋に落ちてしまえば、結婚の基準なんて参照しなくても「君と一緒に暮らせたら」などと考えざるを得ないような状況になっているような気もする。

人生とは単に容れ物であって、そこに何を詰め込んでいくかは自分次第。鞄にこだわるのではない。鞄に何を入れ、何を入れていかないのか。こういうふうに考えると、勇気をもって生きていくこともあんがい楽しくなってくるのではないでしょうか。

彼岸花

 ちょうど半年ほど前から、上腹部のみぞおちあたりに痛みがあった。まるでそこにある臓器が内側から爪楊枝で常時つつかれているような、じんじんとした疼きであった。

 4月末の会社の健康診断で、アミラーゼの数値が高かったことが頭をよぎった。果たして膵臓をやられたのかもしれない。大事をとろうと思い、5月末に消化器内科へ行って、採血をしてもらった。

 しかし6月以降は過去最高の忙しさ(大イベントを5つも立て続けにこなさなければならなかった)で病院を再訪する時間がなかった。イベントをすべて乗り切ったあとで、そういえばずっと上腹部の痛みが続いていると、私の意識が数か月ぶりに再び上腹部に向かった。酒を飲むと痛みが激しくなるようだった。

 ネットで調べてみると、「膵炎は不可逆的に進行し、根本的な治療法は確立されていません。いかに進行を遅らせるかが主な対処法になります」とあった。アルコールや不規則な食事、運動不足が主な原因になるという。膵炎患者の寿命は平均より10~15年ほどマイナスになるとも書かれてあった。

 私の人生の前に、出し抜けに死が立ち現れ、自分は平均より長く生きられないことをスマホの画面越しに告げられた。人生100年時代といわれるが、私は70年生きられればよいほうなのかと思うと、血の抜けるような心地がした。しかし取り乱すというのとも違った。自分が生に執着をしないタイプの人間なのかもしれない、という発見も同時に味わっていた。

 疲れを紛らわそうと夜な夜な流し込んでいた缶チューハイが、見えざる膵臓を内側から溶かし続け、それがスカスカの繊維状になっているのを想像して、はじめて親に申し訳ないことをしたと思った。

 嫌な想像をしながら病院へ向かった。数か月前の血液検査の結果を、四角い眼鏡をかけた男性医師が教えてくれた。

 「盛さん。アミラーゼは正常範囲内でした。上腹部の痛みだけで、背中の痛みがないとなると、胃の可能性が高いです。こうして背中を反らしてみてください。次はこうやって背中を丸めてみて?どう、痛くないでしょう。念のためもういちど今日採血をしましょう。そして今度胃カメラをやって、胃の内部に異常がないか検査をしましょう」

 医師はそのようなことを言った。私が抱いていた膵炎の可能性は低いという診断がなされた。さまざま考えていたことが急に馬鹿らしくなって、その後は大戸屋で久しぶりに刺激物を含む食事をとった(割と辛めの麻婆豆腐定食)。

 つい先日。胃カメラを飲まされた(経鼻が難攻したため、途中で経口に変更された)。診断の結果、特に大きな異常は見受けられないとされた。多少の炎症があるものの、胃も十二指腸もきれいでしたと言われた。ストレスなどが影響しているのかもしれませんと、あの四角い眼鏡の男性医師は付け加えた。

 このようにして、あるとき、突然死を意識せざるを得ないような体験をすることが、人生にはあるのだと知った。死を意識すると、自分を取り巻く世界の在り方はがらりとかたちを変えてしまう。その一方で、自分が死んでしまっても、世界は自分とは無関係にまわりつづけるのだということも同時に思った。それはひっそりとした気持ちであった。小川近くの土手に咲く彼岸花の一つになって、風に揺られながら世界を眺めているように感じられた。

『回転ドアは、順番に』を読みました。

タイトルの通り、穂村弘×東直子回転ドアは、順番に』(ちくま文庫)を読みました。本の感想を書くのはあまり得意ではないのですが、読後感がとてもよかったので、こうしていまキーボードをパチっています。

この物語は、恋仲となる男女の詩と短歌の応答によって展開していきます。お味はビター&スイートな感じ。

「あとがき」のさらに後ろに、作者のお二人による「自作解説」が書かれてあるのだけど、ここを読むだけでもこの本の良さは伝わるんじゃないかな。以下スイートな部分を一部抜粋します。

 初めて、二人きりで出かけるということ。
 仲良くなったばかりの、緊張と遠慮がまじった、どきどきする気持ちが、こんな「なんかちぐはぐな会話」を生んでしまったのではないかな。でも、分かり合おうとする気持ちがお互いにあるから、言葉が自由でやさしい。
 (中略)
 好きな人ができると一緒に海に行きたくなってしまうのは、なぜなんだろう。お互いの身体の中に眠っている遠い記憶を、一緒に確かめたくなるからではないかと思ったりします。(p.181)

物語の結末はネタバレになるので言いませんが、話の閉じ方が美しいと思いました。読後に絶望ではなく希望を感じたのはそのせいなのかもしれません。

***

余談ですが、自分がこの本を手に取ったのは、ある先生が書いているブログの一節がとても心に残るものだったからです。私はこのような優しさをもった人が好きだし、とても尊敬しています。以下が、そのブログの引用です。

*世の中は常にもがもな渚こぐ海人の小舟の綱手かなしも
*永遠の迷子でいたいあかねさす月見バーガーふたつください

「世の中は」「永遠の」と入って一気に目の前の光景にフォーカスすることで際立つ、日常へのあたたかいまなざし。「普遍性と個別性との統一」という言葉が空虚でないとしたら、このこぼれてゆくあたたかさを無理にでも概念でつかまえるためにあるのだと思う。

「永遠の迷子でいたい~」がこの本で紹介されている短歌。いい本に出会えたことに感謝します。